コロンブスが梅毒を広めた!?歴史の陰に性病あり

Photo of handsome male and his beautiful female lover

性病(性感染症)としてメジャーなものである「梅毒」今では患者はかなり減りましたが、これは衛生状態が改善していること、コンドームによって容易に防止ができるようになったこと、そもそも完治することができるようになったため、他人へ移す機会が減少したことの3点が挙げられます。しかし、最近また患者数が増えているというデータもあり、安心してはいられません。感染者とセックスすれば簡単に移ってしまうことには変わりはないのです。

梅毒の歴史

梅毒の起源については諸説あるようですが、最も有力なものとしてコロンブス一行がアメリカ大陸に上陸し、再びヨーロッパに持ち帰った際に一緒に現地の風土病であった梅毒も持ち帰ってしまったという説です。

どんなに崇高な使命を帯びて冒険の旅に出たコロンブス達(当時は全て男性でしょうから)は、性欲まで崇高に抑えることはできず、現地の女性と言葉も通じないのに交わってしまったのでしょうね。

コロンブスに限らず、色々なところへ旅に出た人が性感染症を持ち帰る例はよくあります。人間である以上性欲は抑えられないのだと感心してしまいます。

日本へ梅毒はいつ来たのか

人の流れと一緒に流入していくのが性感染症です。梅毒も同じでコロンブスがヨーロッパに戻ってから20年後、1510年あたりに日本でも梅毒が発生したという記録があります。性感染症で突然出ることはないので、日本にやってきた渡来人が日本の女性とセックス、その女性が日本の男性とセックス、という流れでどんどん伝染していったのでしょう。

一説には鉄砲の伝来よりも梅毒の伝来のほうが早かったという説があります。もう、「どんだけ人間ってセックスしたいんだよ」と思ってしまいます。梅毒によって歴史上の人物の多くも亡くなったと言われています。加藤清正、前田利長、浅野幸長と言った人物も梅毒にかかり命を落としたそうです。

もしその時セックスしなければ、あるいは別の女性と交わっていたら、歴史は変わっていたのかもしれません。下半身の国際交流、開国は実際の歴史よりも遥かに進んでいたことが分かります。性欲おそるべし。

不治の病としての梅毒

最終的には体が動かなくなり死に至る梅毒ですが、ペニシリンの開発で簡単に治るようになりました(ペニシリン=抗生物質は多くの感染症の特効薬でもありますね)。それまでは対処療法を行うしかなく、死期を遅らせることしかできませんでした。

中には「水銀療法」と言って、水銀を吸い込む、水銀を梅毒の患部(できもの)に塗るなど危険極まりない行為も行われていたようです。言うまでもなく水銀は数々の公害病の原因となった猛毒です。体に良いはずもなく、ここまでくると呪術の世界だったと言えますね。

歴史の陰では戦争や外交だけではなく、下半身の交わりを多くの人たちが行っていたことがよくわかる事例です。やっぱりみんなエッチが好きなんですよね。

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「この記事について」
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